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沖縄からは日本がよく見えるといわれる。沖縄を知ると日本の実像がよくわかるという意味だ。沖縄は日本本土と海を隔てているため、たしかに日本を客観視できる利点を持っている。これは海外に旅に出た時に、それまでは知らなかった自国の文化や国の姿を発見したりするのとよく似ている。関東や関西に移り住んだ沖縄人(うちなーんちゅ)がその先々で自分たちの島を再発見し、生まれ島への愛着をたかめるのも、そうした距離が生み出す時間と空間の産物と言ってよいだろう。 しかし、ぼくの言う沖縄から見える日本とは、そうした地理的産物、つまり〈離れて知る自国の良さ〉のことではない。沖縄を知れば知るほど〈日本の負〉がきわだつという意味である。この40年余り沖縄にこだわりつづけてきてぼくが知ったのは、沖縄に映し出された日本とその国に住む日本人の卑しさについてであった。日本における民主主義の成熟度の低さが、と言い換えてもよい。つまり日本のなかにいては見えにくい日本が、沖縄のかかえこんだ事柄によってきわだつのである。だからぼくにとって沖縄は常に〈良き教科書〉でありつづけたし、これから先も沖縄からいろいろなことを学ぶに違いない。
初めて訪ねた沖縄では、どこの高校でも同世代の若者たちが熱いまなざしでぼくらを迎え、トタン囲いの粗末な校舎のなかで日本から分断された〈もう一つの日本〉の哀しみといらだちを、まるで石つぶてのようにぼくらに浴びせた。なぜ日本は沖縄を戦場にしたのか、なぜ施政権まで他国にゆだね広大な軍事基地を押しつづけるのか、そして、日本はなぜ沖縄に無関心なのか......。 問いかけられるたびにぼくは居場所を失った。そのどれもが、元はといえば日本が沖縄に強いていることなのに、まともに答えることができなかったのだ。人を殴っておいて、なぜ殴るのかと問う相手にきちんと説明できない野と似た後ろめたさが残った。これは単に道義的問題ではなく、条理の問題である。 さて、ぼくは沖縄でどんな日本を知ったのか。その一端をこの本に書いた。気の向くままに書いて並べてみたらその半分は戦争に関することであった。それでもなお、十分とは思っていない。半世紀も前の戦争のことに、なぜそんなにこだわらねばならないのか。この本を手にした人たちに、ぜひそのことをわかって欲しいと思う。 また、この本では、沖縄のいまを生きる人びとの営みと彼らの想いを書いた。登場人物の多くはぼくの旧年来の友人たちである。軍事基地に覆われた息もつまりそうな窮屈な島でありながら、のびのびと、陽気に、そしておおらかに生きる彼らの姿は書いていて楽しかった。そうした人びとがひきずっている戦争の影.......。それもこれもひっくるめてぼくは「沖縄の根っこ」をまさぐった。
日本と沖縄のあるべき姿は、この島が突きつけているものをきちんと受け止めることからしか生まれないと、ぼくは信じている。だからこの本で、ぼくは何よりも事実にこだわった。〈沖縄人の沖縄体験〉にである。この島の人たちが歩まされてきたそう遠くない日々に真正面から向き合うために。 ぼくは〈40年前のぼくら〉の無知の原因のすべてを時の教育やマスコミのせいにする気はないし、いまも日本を覆う無知と怠慢の原因をそのようなものに求める気はないが、ともあれ、あれから半世紀近くたったいまなお、大多数の日本人が沖縄の問いかけに応えていない現状だけはいち早く改めたいと思う。沖縄の不幸は、日本と日本人が変わらなくては少しも解消されないし、そうでなければ日本全体、いや、アジアの人びとまでが〈いつか来た道〉を、また歩むことになるとの暗い予感が現実化してしまいそうな時勢だからである。そのためにぼくは〈沖縄〉にこだわり、繰り返し繰り返し〈沖縄〉を語る。 1999年春 森口 豁 |