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魂魄と南冥《ある米兵の後悔》

魂魄の塔(こんぱくのとう)

 地底に眠る人骨が大地をつきあげる。武骨に盛り上がった土、円形の墳墓。何の飾り気もない形象…。これは、塔というよりは墳墓というべきだろう。その姿は平地に横たわる土饅頭を連想させる。それもそうだ。魂魄の「塔」と呼ばれてはいるが、もともとは納骨所としてつくられた。この界隈の住民らが、島尻の山野に足の踏み場もないほどに散乱する戦死者たちの遺骨を自発的に収集し、ここに収めた。戦後まもない、セメントも鉄材も手に入らない時代に、墓室の枠組みには米軍使い古しの野戦用ベットの鉄骨を使い、積み上げた岩の塊を、これも米軍から提供されたセメントでかためてつくりあげたのだった。
 
墓標に刻まれた「魂魄」の二文字に、ぼくは〈艦砲ぬ喰ぇー残さー〉たちの戦争を忌み、いのちを尊ぶ毅然とした意志を感じとる。

 初めてこの「塔」の前に立ったのは1956年の春のことであった。その頃は、墓室のなかいっぱいに山積みされた夥しい量の人骨を見ることができた。完成から10年が経っていたが、日ごとに新たな遺骨が運ばれてくるので、現在のように墓室の口をふさぐ石坂をセメントでかためてしまうことができなかったからだ。

 納められている遺骨が三万五千柱ときいて二度ショックを受けた。仲間たちと墳墓を囲んで賛美歌の二四四番を合唱したが、悲しさがこみあげて、うたにならなかったのを覚えている。いまでこそ緑が生い茂り、「塔」への道は鋪装されるなど、あたりはすっかり公園化してしまったが、その頃はまだモノクロームの世界で、荒涼とした平原のなかの道なき道を歩き、ようやく探し当てた。
 そうした体験があるからであろうか、この「塔」を前にする時、ぼくはいつも死者とストレートに立ち向かっている気持ちになる。しかし、ここから受けるインパクトの大きさは単に「山のような骨」を目の当たりにしたぼくに限ってのことではないはずだ。
 沖縄の犠牲は、日本という国家が最初から、しかも意図的に仕組んだものであった。その意味で二十万余の死は「横死」としか言いようがないが、そうした沖縄の悔恨と権力の非道を三万五千柱を呑み込んだ墳墓は何よりも物語っている。沖縄島が、国家と軍隊による殺人現場であったことを、である。
 魂魄――。ここは魂を慈しむ場だ。その姿は、摩文仁一帯にそびえ立つ、華美で豪華で、よそよそしく、時にグロテスクな他府県の慰霊塔とはまったく対照的だ。「魂魄の塔」の前に立った人たちが深い思念の淵へと落とし込まれるゆえんでもあろう。

(写真/魂魄の塔には、死者を弔う遺族たちの姿が絶えない。撮影=国吉和夫氏)

南冥の塔(なんめいのとう)

 沖縄戦末期の1945年6月、米軍による日本兵掃討作戦が繰り広げられるなかで、一人の米兵の視線が道端の幼女にくぎづけになる。母親の死体にすがりついて泣いている2、3歳の女の子だ。あたりには銃声も響き、時には砲弾も飛んでくる。

 このままではこの子も死んでしまう。助けたい…。

 米兵は咄嗟に手をさしのべかけた。しかし、部隊は作戦中だ。私情は許されない。結局、彼はその場を通り過ぎていく。

 戦争が終り米兵は本国へ帰る。やがて満期除隊して一市民に戻るが、夜毎に「あの日」の光景が夢の中に登場し、彼を悩ませる。

 なぜあの時、自分は幼女を見捨てたのか―――ゝ。

 9年後の1954年秋、この元米兵は沖縄にやってくる。一体でも多くの遺骨を拾い、弔いたい、と。
 彼は、摩文仁の岩場の奥深くまでも入り込み、遺骨収集をはじめる。それを知った付近の住民も多数参加、1万2千柱もの遺骨が集まる。そして、あの日幼女がなきじゃくっていた岩かげに納骨、小さな墓碑銘を建てた。人の背丈ほどもない小さくて質素な墓碑銘である。
 そこには、こう刻まれている。

 銃とらぬ諸人乃
 御霊永久に
 神鎮りませと
 祈りつゝ
 吾れ此乃碑を
 捧げまつる

 末尾に「一九五四年9月拾四日 沖縄戦参加一米兵」とだけある。
 魂魄の塔と同様、この「南銘の塔」もまた、塔というよりは墓碑というほうがふさわしい。健児の塔近くの岩場にひっそりと建つ。おそらく摩文仁界隈を訪れる人の多くがその存在すら知ることもなく帰っていくに違いない。ぼく自身、一度としてここで人に出会ったためしがない。
 塔を建てた元米兵はタツオ・ヤマモトという名の日系2世、と言い伝えられている。その「タツオ」は、同じ日本人でありながら祖国に銃口を向けなければならない不条理にさいなまれつづけたはずだ。自分が銃口を向けるその先に罪のない女性や子供たちがいたのだから。
 碑文は、そうした避けるべくもない苦悩を経て到達した、生きながらえた者と死者との、明日へ向けての対話、とでもいえようか。

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