2004年11月4日(木)

島の道行き

鳥のさえずりと波の音しか聞こえない静かな集落(鳩間島)

 4泊5日の鳩間島の旅を終え、那覇に戻る。郵便船に便乗して鳩間島から西表島の上原に渡り、知人が貸してくれた車を運転して大富の吉本ナナ子さんの店「はてるま」を訪ね、手作りのご馳走にあずかる。彼女は朝から桟橋でサヨリ釣りに夢中だったとかで、釣ったばかりの新鮮な刺身とンジャナバー(にがな)や長命草など南の島の土の香り豊かな料理を振る舞われ疲れた身体を癒す。那覇で開いていた店を閉め西表に移って3年、店は順調らしいが、以前のように織物がやりたくて、予約客がある時しか店は開けていないらしい。たまたま西表に来ていた南山舎(石垣島の出版社)の上江洲儀正君とナナ子さんの三人で舌鼓を打ちながら、話題はおのずと「イラク」から「ブッシュ再選」へ。

 どうなってんだアメリカは !
 10万人もの人を殺しておいてまだ殺したりないのか !

 3人の口調がだんだん激しくなる。せっかくの楽しいひとときが台無しだ、まったく。

 3時、高速船で石垣島に着く。船中の40分間熟睡。よほど疲れていたのだろう。飛行機までの時間、南山舎でコーヒーを飲みながら[僕が鳩間島にこだわるワケ]や島の移ろいなどについて上江洲くん(同舎代表)じきじき情報誌『やいま』のインタビューを受ける。恥ずかしかったなぁ。僕はこういうの苦手なんだ。

 石垣発那覇行きの飛行機(ボーイング737)は修学旅行の女子高校生でいっぱい。最近は乗る飛行機いつもそうだ。先月、石垣空港の出発ロビーで神奈川の修学旅行生に八重山のどこどこ行ったの、と聞いたら「川平湾と…」で、後は答えに窮してしまった。いつか竹富島で出会ったツアー客のおばさん、自分がいま居る島の名も分からなかったが、修学旅行生たちもなんとも心許ない。僕が高校生で初めて沖縄にきたとき(1956年)はもっと問題意識を持っていたと思うんだけど…。

【写真右上】いまは亡き小底太郎おじいの家 現在は息子さんが一人住まい(鳩間島)
【写真左下】屋敷内には雨水を蓄える大きな水槽が目立つ(鳩間島)

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