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2005年11月7日(月)

深まる秋に

歩道にて(松戸市近郊で)

 11月3日(木) 朝、上原正三君(シナリオライター)から電話あり。那覇市文化協会が来年2月、那覇市で開催する金城哲夫を語るシンポジウム『金城哲夫 再び。』のパネラー依頼。
〈ウルトラマン生みの親・金城哲夫〉は、僕と沖縄を結びつけた男。僕自身は彼が青春のエネルギーを注ぎ込んだテレビのウルトラマンシリーズとは、およそ無縁な生き方をしてきた。だが、高校から大学にかけ東京・世田谷の“森口家の一員”として同時代を共に生きた男ゆえ、彼への思い入れは強い。彼の仕事を語ることはできないが、非凡な才能の持ち主だった金城をいまの時代によみがえらせることで、新しい発見や収穫がきっとあるはずだ。

 11月4日(金) 石垣島・南山舎の上江洲儀正さんから年末恒例の「八重山手帳」2006年版の送呈あり。今年もあとわずか。来年もこの手帳を繰りつめくりつ〈沖縄〉と生きるか。

 八重山といえば、来年の「センバツ」高校野球に八重山商工の出場が確実になった。地元では地に足がつかぬほどの喜びと興奮に沸き返っているという。芸能などの分野ではとおの昔に〈全国区〉になった八重山だが、甲子園での球児たちの晴れ姿は、ハンディの多い離島に生きる子らに、やればできる、の自信を植え付けるに違いない。

 その「ハンディ」で思い出すのは、この夏のある体験。若い人に読んで欲しくて、『最後の学徒兵/BC級死刑囚・田口泰正の悲劇』を沖縄県内の県立高校と私立高校に寄贈した。たしか全部で70校ちかくあった。手書きの送呈趣意書を添えて。

 ところがその対応ぶりが離島と本島で見事に分かれた。間髪をいれずに礼状を送ってきたのは宮古島と石垣島の高校で、沖縄本島内の高校からは県立盲学校と私立高校の2校を除いてはまったく音沙汰なし(本島だけで60校もあるのに)。
 このことは何を物語っているのだろうか。モノと便利さにあふれた本島と、なにかとハンディの大きい離島では、たった一冊の本でも有り難さに差があるということなのかもしれない。
 はたして本は、僕の希望どおり生徒たちの目にふれる場所に収まったのだろうか。

 11月6日(日) 昨年8月の沖縄国際大米軍ヘリ墜落事件を機に始まった〈連続ティーチイン沖縄〉(今回の会場は一橋大)へ。この企て、発足1年そこそこでなんと13回目。まずそのエネルギーと持続力がすごい。テーマとゲストスピーカーと会場(都内の大学)を毎回変え、その都度新たな学生も加わって〈沖縄〉を考え議論を深める。

 今日のゲストは沖縄タイムス政経部デスクの平良武さんと、元べ平連(ベトナムに平和を!市民連合)の吉川勇一さん。テーマは「砂川闘争」から何を学ぶか。

 いつもそうであるように、参加者の大半は若い人たち。そこに僕はこのティーチインの可能性をみる。残念なことだが、沖縄でさえ近年はこの種の集会に集まるのは高齢者がほとんど。それもいつも決まった顔ぶれだ。
〈連続ティーチイン沖縄〉次回は12月18日、会場は明治大学の予定。

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