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2005年11月25日(金)

「合意してない」プロジェクト」

冬仕度 ( 松戸市郊外で )

 11月20日(日) 那覇で使っている軽自動車の前輪がパンク。パンクなんて十数年ぶり。一本だけ交換のつもりが、相手の巧みな口車に乗せられ4本すべて替える。たしかに4本とも劣化による傷多々。安全を考え、よしとすべしか。

 その足で恩納村喜瀬武原に上原安房さんを訪ねる。上原さんは、沖縄復帰1年後の5月、オートバイで国会議事堂の正門に体当たりして命を絶った上原安隆さん(当時27歳)の双子の兄。
 基地再編「日米合意」に「合意してないプロジェクト」(24日、沖縄大)への参加を快諾してくれる。彼は日米合意に「沖縄の立上がりが遅い」と、苛立っている様子。
 上原安隆はなぜ国会議事堂に若き肉体を叩き付けたのか―。
 格好のゲストスピーカーを得た。いまあらためてその死の意味を考えあい「沖縄のあす」に活かしたい。

 11月21日(月) 『世界』編集部から「原稿OK」の電話あり。ホッとする。他人には決して言えぬ過激、かつ恥ずかしい過去の“秘事”を書いたので気になっていたので…。掲載は来月8日発売の1月号。

 午後、朝日新聞の企画ものの取材を受ける。いつもながら「取材される側」っていうのはしんどいなあ。いつもは「取材する側」にいるだけに、相手の期待に応えられていないことがよく分かる。それゆえになんとも歯がゆいのだ。

 11月22日(火) きょうも天気悪く北風が強い。太陽が顔を出すのを期待して、溜まった洗濯物を片付ける。幸い、風が強いので乾きは早い。
 朝刊(沖縄タイムス)は、沖縄平和市民連絡会など50の市民団体が、普天間飛行場の辺野古移設に反対する県民大会の開催と県民投票の実施を目指して動きだした、と伝えている。まずは地元2紙に“決起”呼びかけの意見広告を出し、日米合意に反対の“沖縄の声”をアピールするという。
 あす23日は「辺野古沖移設阻止」勝利集会。本来なら闘いはこれで終わりだったのだが…。600日近くもの間、海辺で座り込みを続けてきた老人たちの健康が心配だ。

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