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2006年1月8日(日)

医師不信

つくられた“美”(東京ミレナリオで、2005年12月29日)

 1月8日(日) 関東はきょうも快晴。西の彼方に雪に覆われた富士山が美しい。手前に丹沢の山並み。都心の高層ビルのいくつかもくっきりと望める。だが、気分の方はこの天気のようにはいかない。

寝ても覚めてもカテーテル検査への不安がつきまとうのだ。先般の死亡事故の原因は、足首か腕から心臓へパイプを通す際、誤って静脈に空気(気泡)が入ってしまったから、と報じられていた。
 そんな些細なことが命取りになるとは…。入院云々の際、医師と交わした問答が、いささか荒っぽく、実りがなかったことも「不安」に輪をかけている。

 その時のやりとり。
―カテーテル意外に検査方法はありませんか。例えばCTスキャンとか…。僕はカテーテルに不安や不信感があるもんですから。
「ありません。心臓の状態がわからないと治療方法はないんです。でも、不信感をもっているというなら、しなくていいんですよ。本人がいやだというのに、私が強制することはできませんからね」
―くすりでは無理ですか。
「検査もせずにどうすればいいというの?。それではまるで癌患者に胃薬を出すようなものじゃないですか」

 たしか、こんなやりとりだったか。訊き方も聴き方だが、医師の態度にも誠実さが感じられない。互いに話が飛躍しすぎている。
 医師は患者に手術を促す以上、その理由と必要性、手術の手順、そして危険性の有無/メリットとデメリットなどをわかりやすく説明すべきなのではないか。こうした売り言葉に買い言葉のような会話からは互いの信頼関係など生まれない。こんな乱暴な人に命を託して大丈夫なのだろうか、と思えてしまうのだ。患者の気持ちをもっとおもんぱかってくれてよいのではないか。

 娘がホームページを開いて「狭心症」と「心筋梗塞」についてデータを集めてくれた。発作の状態/症状や治療方法、はては「よい医師や病院の選び方」など。初歩的なことだが、こんなことさえ医師は説明しなかった。早く調べてておけばよかった。

 思いがけず、ごく近くに評判の病院があることが分かる。連休が明けたら早速行ってみることに。幸い今年に入ってから症状/発作は起きていないが、やはり早いほうがよいだろう。

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