沖縄通信表紙    日記INDEX     前の日記     次へ→
2006年1月31日(火)

辺野古の浜で起きたこと

有刺鉄線で断ち切られた辺野古の浜。事件はここで起きた

 1月31日(火) 信じられないようなことが辺野古で起きた。本土(広島)から辺野古の浜を訪ねた一人の青年が、3人の米兵に小突き回されたり、四つん這いにされたうえ、浜を断ち切る有刺鉄線に結わえつけられた平和を願うメッセージを取り除くよう強要されたという。1月22日午後7時頃のことだ。

 被害青年が綴ったアピール(抗議文)と、基地反対協議会の平良夏芽さんからのメールを読むと、青年が受けたの心の傷の大きさと、沖縄米兵の占領者意識ののっぴきならない激しさをひしひしと感じる。
 二人のメールにはこうある(一部略)。

 〈平良さんのメール〉
 『今朝、弁護士と共に本人からの話を現場をたどりながら聴きました。1時間以上に渡って、こづき回され、他の人が書いてあった「普天間基地はアメリカに持って帰れ」というメッセージを四つん這い状態で消させられ(膝をつくと、背中を押され再び四つん這いにさせられたそうです)。またこれも他の人が結んでいた平和のメッセージリボンをはずさせられ、最後には、砂の上に「SORRY」と書かされた屈辱は、相当のものです。
 彼は「自分はあきらめても、他の人が同じような目にあうことは許せない」といっています。しかし、今後のこともあるので取り敢えず匿名で本人の抗議文を関係各所に突き付け、その動向を見ながら、本人が表にでるかどうか判断するそうです』

 〈Hさんのアピール〉
 『今回、私が被った事件は絶対に許せないものです。私は沖縄のことを知らずに旅をしていたものです。那覇に立ち寄った時に辺野古に関連するチラシをもらいました。そして、辺野古まで来ました。

 辺野古に着き、辺野古の浜辺に有刺鉄線が引かれ、砂浜が基地に奪われているのを見てとてもショックでした。そして、それを知らない多くの人達に知って欲しいと思いました。その有刺鉄線には「基地は要らない」というたくさんの人達のメッセージや思いがリボンに書かれてしばってありました。米兵は私に対してそのリボンを引きちぎるように命令し、強要しました。

 私は多くの願いが込められたリボンを引きちぎる行為を許すことは出来ません。そして私自身がその行為を強要されたことに強い怒りを感じています。

 私は私が米兵にされたことを皆さんに訴えます。TVには写らない沖縄があるということを、沖縄の現状は60年続く戦争状態にあることを、日本中が戦争状態にあることを。このことを知らない多くの人達に知って欲しい。

 沖縄は(日本に)返還されたと聞きました。しかし、私が見た沖縄はいまだに植民地状態にあります。こういう状態を多くの人々が知らなければなりません。私はそのことを知らせるために私が受けた被害を訴えます。
 二度とこのようなことが起こらないために』

 なんと不気味な事件だろう。米兵の憎悪の激しとその陰湿さ、執拗さは尋常ではない。イラクやアフガン体験が、彼らの精神を荒廃させ、人間性を喪失させているのだろうか。しかし例えどのような理由であれ、このような行為は絶対に許せることではない。

 気になることが3つある。その一つは、今回もまた犯人が「3人」だったこと。95年の少女暴行事件も「3人」だった。他にも3人組による事件はあった。
「3人は社会の始まり」という。人間3人一緒なら理性を働かせる者が一人ぐらいはいるのが普通だ。ところがそうはならない。僕はそこに沖縄の闇の深さを感じる。

 二つ目は、アメリカ人、とりわけ兵士たちの対日意識の問題。彼らの心の中に「ブッシュと小泉」のような“従属関係”、つまり「日本人は何もかもアメリカに従うもの」だとする共通認識がめばえているのではないか、という点だ。だとすれば、日米同盟の悪しき終着点、というべきだろう。コトは深刻だ。

 そして3つ目はマスコミの問題。今度の辺野古の事件を僕は沖縄からのメールでしか知ることができなかった。本土のマスコミでは報道されていないからだ。いったいなぜ報道しないのだろう。
 Why ?

 ←日記INDEX戻る

 ←表紙へ戻る

←前へ * 次へ→

Copyright(c)1999-2006 Katsu Moriguchi ALL RIGHTS RESERVED.