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2006年2月5日(日)

いのち拾い

冬のあけもどろ
(最近は朝やけが美しい。1月25、松戸市近郊で)

 2月3日(金) 延び延びになっていた心臓のカテーテル検査を受けた。結果は「重症の狭心症。絶対安静」ということで、即入院。歩くことも禁じられてしまった。心臓の大動脈の最も太い部分が「99%塞がっていて(実際に映像を我が目で確認した)すぐにでも手術したいが、合併症など手術によるリスクを最小限に抑える処置(血管を拡げたり、血液をサラサラにしたりする内服薬の投与や点滴)をまる二日間やってからの方がよい」とのことで、手術は2月7日に。

 「狭心症の所見なし」「血管障害なし」と説明されたこれまでの診断は何だったのかと思わせるような話で、医師への不信感がないとは言えないが、「放置すればきょうあすにでも心筋梗塞を引き起こす可能性があり、そうなれば50%の確率て命を落とす…」などと話されると、従うしかないのが医学に無知な患者の弱みだ。
〈リスク〉については「いのちの代価」と考えるしかないだろう。

 日頃は、駅の階段を駆け上がったり、自転車で走り回ったり、孫娘と雪合戦をしたりの日々を送っていたわけだから、いわれてみれば危ないところだった。糖尿病持ちの人間は心疾患の自覚症状があまり出ないのだという。
 大きなバッグを抱えて電車で病院に行った「元気な自分」が、いまは点滴や心電図等で狭いベットの上でがんじがらめ。参った、参った。

 恐れていたカテーテル検査は想像以上にきつくはなく、20分ぐらいで終わったが、検査と手術では管の太さが違うので、次回は今日のようにはいかないだろう。
 せめて検査中にだけは地震がこないようにと、前日から祈っていたその地震が、手術中に2度もきた。震源地が東北で千葉界隈の震度は2と弱かったのが幸いだった。それにしてもヘンなところで自分の「予感能力」が健在であることを立証した。まだまだ捨てたもんではない。
 
 退院は、このまま何もかも順調にいったとして来週後半とのこと。プライベイトな身辺雑記でこれ以上ひと様に無用な心配をかけたくはなかったのだが、病状を一度公開してしまった以上、「折々の結果」は報告すべきと思い、病院のベットの上で看護婦さんの目を盗んで記すはめに。例によってケータイによるダイアリーで、今回はいわば“生存報告”…。
 しぶとさだけが「売り」で生きてきた僕だから、きっとこの先の難関も生きぬけるだろう。

 2月4日(土) 入院 2日目。冷え込み強し。都心や千葉でも朝方は氷点下まで気温が下がったという。暖房のきいた病室にいるとシャバの厳しさは全くわからない。

 財団法人・放送番組センターから、前にNHK-FMの「青春アドベンチャー」で放送した『光の島』(全10回、原作森口豁『子乞い・沖縄 孤島の歳月』)を、放送ライブラリーで保存・公開したいとの許諾要請あり。
 放送ライブラリーは、放送番組の保存機関としてNHKと民放などの協力で2000年10月、横浜氏中区の横浜情報文化センター内に設立された国内唯一の公共の放送番組ライブラリー。良質な番組がきちんと保存され、だれもが自由に視聴できるのはよいことだ。

 『光の島』は漫画家の尾瀬あきらさんが僕の『子乞い』を漫画にし、それを放送作家の原田裕文さんがラジオドラマ化した秀作。放送されたのは2003年だったか。漫画からラジオドラマに、そしてテレビドラマ(昨年放送の日本テレビ系『瑠璃の島』)へと、『子乞い』は予想外の一人歩き。一時は映画化の話もあったけど…。

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