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2006年2月6日(月)

祝「沖縄日記」100

“黒い記憶” 米軍ヘリが墜落した沖縄国際大校舎(
2004年12月(c)森口豁)

 2月6日(月) 一昨年11月に始めた「沖縄日記」が今回で100号を迎えた。パソコンが使いこなせないためケータイで書いて、メールで編集長の〈うさぎさん〉に送信。アップしてもらっている。
 アドレスで分かる通り、このHPはうさぎさんちに間借りしている。そう、〈うさぎさん〉と僕は大家と店子の関係なのだ。だが、この〈大家さん〉、家賃も敷金も権利金も一切店子に求めてこない。つまり延々100回に及ぶ日記の公開は〈うさぎさんの善意〉で成り立っているのだ。日記形式になる以前のものや〈ミニ情報〉などを含めると、僕は〈うさぎさん〉の手を多分200回ぐらい煩わせたことになる。
 〈うさぎさん〉はupの度に必ず「日記upしました」とメールで知らせてくれる。ときにはそれが夜中の3時や4時であったりする。忙しいときも、どんなに疲れているときも文句も苦情も言わずにやってくれる。感謝のことばもないほどありがたい。

 〈うさぎさん〉はなぜ、こうまで献身的に尽力してくれるのか―。本人は何も言わない。
 だからこれは僕の想像なのだが、彼女の胸の中には沖縄のことを一人でも多くの人に知らせたいとの強い思いがある。沖縄が負わされた不幸を取り除き、だれもがごく普通に暮らしていける島にするためには、その不幸を押しつけている日本人にそれを自覚してもらわねば一歩も前には進まないのだから…と。

 僕の思いも同じだ。
 沖縄の人たちがどんなに頑張っても、ヤマトンチュがそっぽを向き続けているかぎり、沖縄は「軍事基地の掃き溜め」でありつづけるだろうと、僕は思いつづけてきた。
 その思いが積り積って今年でとうとう50年だ。いつになっても結果が出ない。年月が経てば経つほど空しさがつのる。だけど僕は〈沖縄〉から逃げない。
 ヤマトンチュの僕には、逃げたければ逃げ場はある。無関心になればいい。だけどウチナンチュの彼女には逃げ場はない。これは僕の〈沖縄〉に対する基本認識だ。

 もちろん、個人の私的な日記に日本や日本人を変える力などあろうはずがないことは知っている。このHPへのアクセス数が一日あたり30件前後にとどまっていることでも明らかだ。
 自分の非力を棚にあげて言うのだが、大多数のヤマトンチュ、つまり「平均的な日本人」は沖縄の影の部分などに関心などないのだ。でもその平均的日本人が沖縄の現状に義憤を感じ、「わがごと」としないかぎり、〈沖縄〉は変わらない。
 たとえば1月に辺野古の浜で起きた3米兵による暴行・凌辱事件―。もしあのような事件が他府県で起きていても、本土のマスコミや「平均的日本人」は無視しつづけたであろうか。住民地域でおきた米軍の事件や事故現場にかけつけた警察官が、米軍から締め出され、現場検証さえできないことがあっても政治問題にもならないだろうか。それが沖縄のにちじょうなのだ。

 いま日本人は空前の“沖縄ブーム”にわいている。沖縄への観光客は年500万人を超える。泡盛からゴーヤーチャンプルー、島唄に三線…、オキナワとつけばなんでもウケる。日本中“沖縄大好き人間”だらけだ。
 でも、なんだかヘン、と僕は思う。みんな沖縄を利用しているだけじゃないかと。そんなに沖縄が好きなら、海で遊んで帰るだけでなく、基地にも目をむけたらどうかと。沖縄の人たちがどんなに基地に痛めつけられているか、真正面から視つめてほしいと思う。
相手が本当に好きならば、それなりのつきあいかたというものがあるはず。いまのような互いの関係は決してよくない。
 僕も〈うさぎさん〉に代表される普通のウチナンチュも、そう思っている。  
 沖縄にやってくる〈500万人〉が、きちんと沖縄と向き合うようになったら、沖縄も日本も「本当にいいところ」になるのに…、と。

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