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2006年2月20日(月)
辺野古の空の下で


沖縄の怒り
(作 : 諸見里剛)

 2月17日(金)  夜、佐喜真美術館館長の佐喜真道夫・加代子夫妻、陶工の諸見里安つぐ・剛親子らが恩納村富着原のサキマ・アート・レジデンス(佐喜真美術館別館)で僕の快気祝いの小宴。深夜まで泡盛を酌み交わし、すき焼鍋を囲む。これぞ[命のスージ]、命(ぬち)のお祝い。
 それに先立ち、レジデンス屋上に諸見里の造ったシーサーを取り付ける。いつもながら、彼のシーサーはなかなかの迫力だ。真喜志好一設計によるモダン、かつ斬新な建築物に、琉球の血がたぎるシーサー。石造建物に見るまに血が通い、周囲の樹々や大地とともに家が呼吸を始める。

 2月18日(土) 朝、レジデンスの庭先の茂みの中にウグイスの早鳴きを聞く。春はもうそこまできている。
 那覇への帰路、南恩納の長嶺勇さん宅へ立ち寄り、1時間程おしゃべり。彼は職場の同僚の送別会と重なり、夕べの集いに来れなかった。昨年、倒木中に木から落ちて強打した頭の具合はまずまずの様子。まずはなにより。
 正午すぎ、その足で読谷村に入り、久し振りに彫刻家の金城実をアトリエに訪ねる。10年がかりで製作中の「近・現代の沖縄」を彫り込んだ「100メートルレリーフ」は、いよいよ来年の6月には完成だ。
 アトリエ周辺の広場は、大きなレリーフや彫像がところ狭しと並ぶ。圧巻だ。銃剣とブルドーザーによる軍用地接収に立ち向かう民衆、夜空を赤く染めたコザ暴動、荒海をサバニで渡る海人…。
 このレリーフ群は、沈黙と怠惰をむさぼる「平均的日本人」と、「諦感の海」に溺れまいとあがくウチナンチュに、はたして何をつきつけるであろうか。
 2月19日(日) 朝から小雨模様。「わったー地球(しま)は わったーが守る」を合言葉に、辺野古の浜で「Peace Music Festa! 辺野古」が開かれた。

 主催したのは「U-DOU& PLATY」や「Majestics」「RYUKYU LION」など沖縄の若手ミュージシャンたち。ヤマトからはスペシャルゲストとして横浜の「NANJAMAN」も参加。夜遅くまで小雨煙る浜辺でレゲエの熱唱をくりひろげた。 
 浜に集まったのはもちろん若者たち。沖縄の軍事要塞化を進める[日米合意]を頓挫させるためには、彼ら若者たちの決起は不可欠。 辺野古の浜には、若者たちの優しいまなざしがあふれた。
 好きなうたを自由に歌い、自由に奏でる―。そんな時代を大事ににしたい。

 2月20日(月) 一週間の沖縄滞在を終え、正午前、那覇を離れる。適度に歩き、適度にに酒も飲み、気になっていた辺野古にも行き、図書館や博物館で至福のときも過ごした。そして身体にも自信が持てた。まずはよしとすべきか。

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