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2006年4月7日(金)

辞世


海軍警備隊に「処刑」された3米兵の慰霊碑
(沖縄・石垣島で)

 4月7日(金) 満開のさくらが寒さに震えている。春爛漫の季節というのに今年は気温の乱高下が尋常ではない。花冷えがつづく。
きょうは「BC級戦犯」に問われ、巣鴨プリズンで絞首刑になった、北海道小樽市出身の学徒兵・田口泰正さんの命日。存命であったならもう83歳だ。。

 朝刊を開くと、社会面の片隅の囲み記事が目に飛び込んで来た。「巣鴨」で書き綴った日記と、その日記を遺族から託された初恋の人のこと。
 記事を書いた朝日新聞大阪本社の平野知津さんは、『最後の学徒兵』を読んで取材を思い立ったと、先日僕への電話で話していた。その獄中日記(「思うがままに」)については『最後の学徒兵』に詳しく書いたのでここでは触れないが、なんと言っても彼が処刑前に遺したつぎの辞世のうたがやるせない。

 〈ひとすぢに世界平和を祈りつつ円寂の地へいましゆくなり〉

 学業半ばで軍隊にとられ、上官に命じられるままに捕虜に手をかけた若き学徒兵が、死を前に詠んだ「世界平和」。それはまだ〈見果てぬ夢〉のままだ。イラクでの流血も、いまだ果てない。
 学徒兵が絞首台にのぼった56年前の4月7日。このときもその「巣鴨」に程近い上野の杜は、花見を楽しむ人々でにぎわっていたという。

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