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2006年6月25日(
)

[沖縄忌] 前後

沖縄本島最南端の喜屋武岬 (きゃんみさき)より
61年前、逃げ場を失った多くの住民が身を投げて命を絶った

6月17日(土)

 梅雨深し摩文仁へ続く海暗む     与儀啓子

 梅雨明けが近い。今年の沖縄の梅雨は見立て通りの、猛々しさだった。雨量は平年の2倍、600ミリ前後。各地で地盤がゆるみ、那覇市首里では5階建てマンションが傾ぎ、中城村では大規模な土砂崩れが発生、周辺住民の避難生活が続いた。
 雨量こそ並みはずれてはいたが、平地の多くが基地にとられた沖縄島では、宅地は傾斜地へ傾斜地へと這い上がる。かつて僕が住んでいた首里・山川町界隈にしても、緑一色だった斜面がいまや住宅密集地と化してしまった。今回のような宅地崩落が単に「天災」と言えなくなる日がくるかもしれぬ。

 沖縄の6月は、香煙にゆれる月。61年前のちょうどいま頃、この小さな島を覆った硝煙のなかに20万余の命が消えた。
 23日はその死者たちに頭をたれ、平和への誓いを新たにする [戦没者慰霊の日]、つまり“沖縄忌”だ。

 この日を挾んで沖縄紙の歌壇には、戦争を忌み、死者たちを悼むうたがいくつも顔を出す。冒頭の句はけさの琉球新報に載ったもの。
[明るさ] ではどこにも負けないこの島の海が、なぜ歌人には暗く映ったのか。[新たな戦前] へ歩みを早めるこの国の狂気を、一片の短歌が静かに告発する。

6月19日(月)
 沖縄気象台が沖縄・奄美地方の梅雨明けを発表した。午後、[慰霊の日] を前にした摩文仁・喜屋武岬界隈をクルマで巡った。

 〈そうなんだよ、観光地になるということはこういうことなんだよ〉
 とでも言うべきか。最初に訪ねた「魂魄の塔」界隈で目にした光景はショックだった。沖縄島の南端、海を背にしたこの一帯は、米軍に追いつめられた住民や敗残兵の多くが最期を遂げた地。3万柱もの身元不明の住民や敗残兵の遺骨を納めた墳墓のような形をした「魂魄の塔」と、これを取り巻くようにして建つ数々の慰霊塔…。
 そんな霊域が、なんとサーファーたちの歓楽の場と化していた。死者たちの [魂の宿る場] は乗り捨てられたクルマで埋まり、水着姿の若者たちが歩き回る。ブラジャー姿の若い女性や短パンに上半身はだかの男…。まさに、時と場所をわきまえぬ無軌道ぶりだ。

 ウチナーンチュの対基地感情の根底には、住民の4人に1人に当たるが死んだ凄惨な戦争体験がある。しかも、5000柱とも1万柱ともいわれる遺骨がいまも収容されずに野山に放置されたままだ。その戦跡地で遊べるヤマトンチュの感覚が僕には分からない。
[観光立県の代価] は決して安くはない。

6月20日(火)

 梅雨明け。小泉首相、陸自のイラク撤退を発表。派兵から 2年半、終始ブッシュの顔色を伺いながらの「ブーツ・オブ・グランド」。しかも撤兵の代償なのか、空自の米軍「支援」を拡大するという。きっと米軍兵士や武器弾薬の輸送をするのだろう。徹底した議論と検証が必要だ。

6月22日(木)

 沖縄タイムス朝刊は、米軍の地対空誘導ミサイル・パトリオットが年内にも嘉手納基地などに配備されることになった、と報じた。
 迎撃ミサイルの配備は、沖縄が敵から攻撃される可能性が高いことを米政府/軍部が認めている証しだ。
 忍び寄る沖縄の戦場化―。

 沖縄中が死者を悼み、争いのない世界へ想いを新たにしているこの時期になんというニュースだろう。悪い夢であればよいのだが…。

 朝、南風原文化センターで開催中の企画展 [歴史に翻弄されるOKINAWA・沖縄] をみる。写真家・比嘉豊光ら「琉球弧を記録する会」が製作した [島クトゥバで語る戦世](南風原編) の証言ビデオを聞く。
 夜、グアム島からやってきたチャモロ民族のジュリアン・アグオンさん(24歳)を囲む小集会へ。日米両政府間で沖縄の海兵隊約 8000人の移駐が合意されたグアム。
ジュリアンさんの話―
 〈グアムは「島をあげて海兵隊歓迎」のように伝えられているが、原住民である僕らチャモロ人は反対している。
しかし、チャモロ人はマイノリティー。僕らの力だけで移駐をとめるのは困難だが、絶望せずに正義を追求しつづける〉
 島の総面積の30%が米軍基地のグアム。島を訪れる観光客の90%は日本人―。何からなにまで [沖縄] と重なる。ウチナーンチュも日本の中のマイノリティーだし…。

6月23日(金)

 慰霊の日。年老いた遺族たちが、とりつかれたように島の南端へと足を運ぶ。61年前のこの季節、ここ喜屋武半島一帯は逃げ惑う住民と、折り重なる死体であふれていたという。
 正午前から摩文仁の平和公園で始まった沖縄県主催の戦没者追悼式には、猛暑のなか4500人が列をつくって香を焚いた。
 今年はいつになく幼い子たちを連れた人の姿が目だった。戦後も61年、世代交替が進むなかで、沖縄の悲劇を次代に語り継ごうと大人たちは必死だ。

 追悼式で弔辞を朗読中の小泉首相に向かって、参列者の一人が無言のまま抗議のこぶしを高々とかざした。日米同盟強化にひた走る首相が許せないのだろう。
 私服刑事が駆け寄り、有無を言わさずに男を式場から排除する。戦前この国をばっこしたあの [特高] さながらの早業だ。日本はこんな [抑制された意思表示] すら許さない国になってしまったのか。なんとかしないといけない。

 きのうに続いて沖縄タイムス紙の朝刊一面には不気味な大見出しが踊った。
 〈与那国で降下計画/陸自パラシュート 県内初〉〈来月の防災展/専門家「一種の転地演習」〉

 記事によると、千葉県習志野市に駐屯する陸上自衛隊第一空挺団の隊員 5人が、来月17日に与那国島で行われる防災活動展示会で大型ヘリから会場の広場に降下するという。
 自衛隊では「広報活動の一環」というが、額面通り受けとる者はないだろう。防衛庁が03年に作った「防衛計画大綱」の見直し案には、中国・台湾間で軍事紛争が起きた際、「中国軍から与那国島を守るため」2000人規模の陸自隊員(第一空挺団などからなる「中央即応集団」)を、与那国島などに投入することが謳われているからだ。

 中国や台湾に最も近く、しかも尖閣諸島の領有権問題で緊張のつづく八重山諸島で、このような訓練まがいのことをすればコトを荒げるばからだろう。
 嘉手納基地などへのパトリオットミサイルの配備を含め、この国はもはやシビリアンコントロールがきかなくなっているように思えてならない。

写真:「魂魄の塔」 毎年、夜明けとともに遺族たちが焼香に訪れる

6月25日(日)

 基地があり軍隊があれば敵国の標的となるそれが自然だ 中山 良明
  (6月25日 沖縄タイムス「タイムス歌壇」より)

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