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8月3日(木) 腰の不具合つづく。でも、徐々に良くなっているように思えるので、一両日中には岡本恵徳さんのお見舞いに行けるだろう。
8月 5日(土) 岡本恵徳さんお見舞いにさきがけ、由希子さんから電話で父上の容態を聞く。かなり重篤のようで、2日前から面会を断っているという。必死に病魔と闘っておられるのだろう。遠慮するしかない。
ぜひ、苦しみに耐えて全快し、再び元気な姿を見せて欲しい。
夕方、通り雨で洗われた首里の丘陵を薄紫色の霧が包んだ。西陽を受けて樹々の緑が瑞々しい。
19時過ぎ、緑濃い末吉の杜から虹が立ち上ぼる。天空へ駈け登る七色の光。静寂が辺りを包んで、なんとも神秘的だ。
8月 6日(日) 午前4時半〈うさぎさん〉からのメールで、岡本恵徳氏の死去を知る。
追うようにして入った高良勉さんからのメールによると、岡本さんが亡くなられたのは、きのうの午後7時25分だという。そう、首里の丘を沖縄では珍しい霧が覆い、七色の虹が立ち上ぼったあの時刻だ。
病の痛苦から解き放たれ、昇天する恵徳さんを、神は薄紫色の霧と七色の虹に包んで導いたのか。
岡本先輩、お疲れさま。そして、ご苦労さまでした。
夕方、那覇市首里のお宅へ弔問に。棺のなかの安らかなお顔を、かつて米軍政下の暗黒時代を岡本さんと共に生きた新川明さん、川満信一さん、豊川善一さん、そして新崎盛暉さんら
[同志] たちが囲む。
享年71。せめてあと10年生きて、僕らを導いてほしかった、というのは我が儘であろうか。
岡本さんが、そして [戦後沖縄] が求めつづけたもの、それがなにひとつとして成就せず、だだの一度とて喜びを享受することなく逝ってしまった、棺のなかの小さな姿が、痛ましい。 合掌。
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