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2006年8月29日(火)

OKINAWA


元米兵の自殺を報じる
8月25日付け読売紙朝刊

8月25日(金) 95年に沖縄で少女暴行事件を引き起こした3人の米海兵隊員の一人が、現地時間の今月20日夜、ジョージア州で女子大生を暴行殺害し自殺したと、AP通信が伝えた。
なんとも、不毛で、やりきれない結末だ。
〈もう二度とわたしのような人を出さないために…〉
 被害を受けた沖縄の少女は親にこう話し、事件をおおやけにして [基地のない安心して暮らせる沖縄にしてほしい] と訴えた。まだ小学生でしかなかった少女の、この勇気に応えるのは大人、とりわけ政治家たちだったはずだ。

 たがこの10年、「基地」とその基地がもたらす犯罪は一向に減らず、国は駐留米兵の特権を定めた地位協定の見直しさえ拒みつづけている。
 それもそうだろう。一昨年の「沖国大ヘリ墜落事件」では、米兵が現場一帯を包囲、沖縄県警の現場検証さえ認めないという異常事態が起きたのに、この国の首相は「夏休み」と言って、テレビの前でオリンピック観戦に明け暮れる始末だったのだから。

 少女の目には、普天間飛行場や“象のオリ”、そして金武町伊芸の市街戦訓練場などが、撤去ではなく、ことごとく沖縄県内に移設されようとしている現実がどのように映っているだろうか。それを思うと、胸が塞がる思いだ。

 AP通信によると、元米兵は日本の刑務所で5年間服役して帰国したという。殺害理由や自殺の原因などには触れない短い記事。

8月28日(月) 2月にカテーテル手術をした心臓の冠動脈。退院時に医師は、「再発のケースは5%。その場合、ほとんどは術後半年から9か月目に症状が表われる」と言っていた。その「8月」を迎え、このところなにかにつけて不安が頭をもたげる。
 幸いなことに自覚症状はない。医師は60日分のクスリの処方箋を出してくれた。これで来月のサンフランシスコ〜ハワイ行き(10月11〜21日/ピースボート)もカバーできる。なんだか向こう60日間の健康のお墨付きを貰ったような気分だ。

8月29日(火) 暑さがぶり返したので外出を控え、書類や資料の整理と不用品の処分に時間をさく。ほこりだらけの大きな紙袋の中から古い手紙やはがきがたくさん出てきた。多くは1960年前後に送られてきたもので、その数百数十通。

八重山でテレビドキュメンタリーの仕事を一緒にした脚本家の早坂暁さん、久高島や久米島を案内した写真家の濱谷浩さん、沖縄を愛した版画家の棟方志功さん、沖縄旅行時にお世話した児童文学のいぬいとみこさん。そして伊江島の阿波根昌鴻さんや「ひめゆり学徒隊」引率教員の仲宗根政善さん…。すでに故人となった方も少なくない。

 一通一通、目を皿にして再読する。何度も何度もはがきをくれた濱谷さん。米軍政下の沖縄への思いの長けを便箋8枚にしたためた早坂さん。阿波根さんの手紙には「スターリンに裏切られ、とう小平にガックリ。新しい道をさがさねばならない」とある。
 仲宗根政善さんの手紙は「原子力潜水艦が(那覇港に)入港して放射能が平常より40%も増しているにもかかわらず、政府は依然としてそっぽをむいている。本土の人々はこの事実を一体どう受けとめているのか。巨大な基地の存続する限り、沖縄の苦悩は深まるばかり…」(1980年3月)とつづく。
いまも昔も寸分たがわぬ [基地沖縄] の実態への怒りと嘆き…。 手紙の山を前に、じっと空を仰ぐ。近くの公園で夏蝉が騒がしい。

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