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2006年9月15日()

あけず羽


糸ぐるま (旧沖縄県立博物館で)

 9月 9日(土) NHK・ETV特集『羽衣 島風に舞う〜織物作家 上原美智子の世界』を見る。1ミリの50〜70分の1という極細の蚕の糸をそのまま織り上げる上原美智子さんの技と心を丹念に描いた秀作ドキュメンタリー。

 透明な輝きとしなやかな感触。創意と工夫で生み出した世界一軽く美しい布を、彼女はトンポの羽にたとえて「あけず羽織り」と名付けた。「あけず」は「トンポ」の沖縄方言。ゆっくりと流れる沖縄の時間が織りなした気品に満ちた織物だ。
 志なかばで早逝した兄哲夫と、その哲夫を追うようにして死んでいった母ツル子への想い/哀しみを一本一本の細い糸に託してでもいるかに思えて身が震えた。彼女の芯の強さは母親譲りか、それとも兄金城哲夫譲りか。

 2000年の大晦日の夜から元旦の朝にかけて、彼女の夫誠勇さん共々、佐喜真美術館に集い、彫像家藤田昭子さんが制作した「なゆたの船」を囲んで21世紀の地球の平安を祈ったことが、ついきのうのことのように思い出される。
 だが、その夢も希望も、それからわずか 9ヶ月後には吹き飛んだ。「 9・11同時多発テロ」。ブッシュが仕掛けた「報復戦争」でその後の世界は目茶苦茶だ。
 「あけず羽」を織る上原美智子さんは言う。
 「世の中が平和であって初めてできる仕事」
と。そう語るまなざしの向こうに、沖縄が軍事基地まみれの島であることへの、強い憤りをみる思いだった。

 9月11日(月) 中学時代の担任教師、森久保安美氏から同人誌『双青』(第20号)が届く。神奈川県下の教育関係者の同人誌。森久保氏は「沖縄病」のタイトルで僕の仕事についてことこまかく書いている。 9ページにわたる長文のエッセイだ。
 氏は今年80歳の学徒出陣世代。BC級戦犯として終戦 5年後に「巣鴨プリズン」で処刑された学徒兵・田口泰正さんと同世代ゆえ、エッセイでは『最後の学徒兵』を克明になぞりながら“時代の不条理”を撃つ。青春を国に奪われたこの世代の人の慚愧の念を、あらためて思う。

 9月15日(金) 朝夕涼しさを増し、窓の外では虫の声がにぎやかだ。
 午前10時25分、沖縄の岡本由希子さんから緊急メール。
〈名護市教育委員会がキャンプシュワブ (米海兵隊辺野古基地) 内の文化財調査に乗り出すので、時間のある人はゲート前で座り込みを―〉
 この調査は普天間基地に代わる新基地建設へのステップだ。 [日米合意] による「V字型新飛行場建設」が早くも動き出した。
 同54分、岡本さんからまたメール。
〈ゲート前の阻止隊「バス1台分の機動隊員に蹴散らされた〉
 すべては国の描く青写真通り。名護市も県警も国家のご用機関と化す。

 ジャーナリストの亀井淳氏から新著『遠い潮の香/記憶の中の戦跡』(自費出版)の恵送を受く。10歳のときにあの戦争をかいくぐった亀井一家の戦中・戦後史。
 1935年生まれ。長い週刊誌記者生活の後、フリーのジャーナリストとして、三宅島や沖縄の基地問題、人権問題に真摯に関わる。近年は辺野古の新基地問題に熱心で、現場で顔を合わすことが多い。

 《時勢はあたかも、私たちの戦後はいったい何だったのか、としばしば嘆息せざるを得ないような傾斜を強めています。自らを問い詰め、自らの中に時代形成の因子を探ることは、抵抗の起点になりうるのではあるまいかと、昨今考えます》

 亀井は執筆の動機をこう記す。氏のいう「抵抗の起点」を僕ら一人ひとりがどこに見出だし、起爆剤とするか。問いかけられるものは大きい。

写真:亀井淳著『遠い潮の香』

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