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1月22日(月) インターネットに自分の名前を入れて検索したら、
1万5,000件ものデータが溜まっていた。しばらく目を離している間に随分増えたものだ。終日チェックに没頭するも、それでも目を通せたのはせいぜい400件足らず。
著書 (主として『だれも沖縄を知らない/27の島の物語』『子乞い/沖縄 孤島の歳月』)や、テレビドラマ『瑠璃の島スペシャル』の感想が目立つ。中には見落としていた新聞や雑誌の書評なども。やはり時々チェックしたほうがよさそうだ。
今回の“収穫”は、ノンフィクション作家下嶋哲朗氏が『だれも沖縄を知らない』について「週刊読書人」(2601号/05年
8月26日刊)に書評を書いていたことを知ったこと。夜、長野に転居した下嶋氏に電話。互いに近況を交わしあう。書評のコピーは近々送ってくれることに。
あすから2週間の予定で沖縄へ。
1月25日(木) この季節、沖縄と関東の気温差は上下とも約10℃。おととい羽田を発つときの気温は摂氏10℃足らずだったが、那覇は21℃のぽかぽか陽気。飛行機を降りるなり厚着の下からたちまち汗が吹き出した。
この気温差に身体がついていけず、最近は沖縄入りの度に風邪を引く。今回は機内でもマスクを着用、細心の注意をはらったのだが、なにが災いしたかきょうは朝から節々が痛い。喉もヘンだ。用心のため風邪ぐすりを飲む。
2007年の沖縄も年明けから基地問題で揺れている。沖縄タイムスと琉球新報はきょうの朝刊1面トップで、米空軍のパラシュート降下訓練があす26日に嘉手納基地で行われると大きく報じた。空軍兵士6人が高空から同基地内に降下する訓練だという。
'96年の日米取り決め (SACO合意) 以降伊江島で行われてきた降下訓練が、今回はなぜ嘉手納なのか。米軍は「天候不順で伊江島で予定していた訓練が消化できないので、それを補うため」と説明。日本政府も「あくまで例外的なもの」と釈明に躍起だ。
「天候不順」が具体的に何を指すのかはわからないが、そんなことが「例外」にあたるなら嘉手納基地での訓練は今後恒常化するにちがいない。だいたい、距離にして50キロしか離れていない伊江島も嘉手納も気象条件に違いはない。きっとなにか意図があるのだろう。周辺自治体や平和団体が一斉に猛反発するのは当然だ。
このところ嘉手納基地は日に日にきな臭さを増している。迎撃ミサイル・パトリオットに次いで、近くF22型ステレス戦闘爆撃機が配備されると伝えられたばかりだし、年明け早々には戦闘機が轟音をまき散らして度々明け方に発進、周辺住民を怒らせた。
こうした動きから、やはりこの国がただならぬ方向/戦時体制に着々と近付いていることを実感させる。一連の米軍の動きと次々と国会を通過していく法律/有事関連法や教育基本法改悪などは単に偶然の一致ではないはずだ。ゆえに背筋が凍る思いだ。
1月28日(日) 那覇市内で開かれたシンポジウム『未来は誰のもの/戦争する国づくり・格差社会の中で』を聞く。沖縄マスコミ労協などが主催、パネラーにはジャーナリストの斎藤貴男、魚住昭、小説家の目取真俊の魅力ある3人が並び、そろって日本の行く末を暗じた。
「改憲を認めれば自衛隊は米軍の一部となり、アメリカの戦争に参加することになる」(斎藤氏)
「日本のマスコミが伝えるニュースの70%は政府発表。この国の未来は官僚とメディアのものになる」(魚住氏)
「日本は資源もない、一番戦争のできない国なのに、過激な意見をいう者が勝ちのような風潮になっている。イラクから帰った自衛隊員を励ますなど、天皇の政治的関与も目立つ。いまこそ歴史を振り返り議論を深めることが必要だ」(目取真)
充実した3時間半だったが、参加者が思いのほか少なかったのには失望した。会場は那覇市中心部の新聞社のホール。入場無料、主催団体は平和運動センターや高教祖、マスコミ労協などで動員力もある。加えて暴走する政治への危機感が高まっているこの時期の沖縄開催で300人…。しかもそのほとんどが老人で、若者の姿が圧倒的に少ない。
情況から目をそらし、政治に無関心な若者たちをどのようにして開眼させるか、これこそが喫緊の課題だ。ライフル銃を手に米軍とともに他国に乗り込んで殺戮を強いられるのは若者たちなのだ。
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