図書新聞2445号
新崎盛輝(沖縄大学学長)
森口豁文・写真「沖縄 近い昔の話ー非武の島の記憶」 沖縄戦争の記憶
この本は、これまで永年、活字と映像を通して沖縄にかかわってきた著者・森口豁の中間総括とでもいうべきものかもしれない。きわめて平易な文章で一気に読み進むことができるが、そこには若い頃からの森口の沖縄に対する想い入れがぎっしりと詰まっている。
1937年東京生まれのヤマトゥンチューである森口が、高校同窓の金城哲夫(沖縄出身で、テレビ番組「ウルトラマン」シリーズで名をはせたシナリオ作家)らに導かれて、初めて沖縄を訪れたのは、1956年冬のことだという。米軍政下、まだ軍票B円が使われていた頃、パスポート(身分証明書)を持ってのことである。 修学旅行生が群れをなしている現在の沖縄からは想像もできないことだが、当時は、東京の人間が沖縄を旅行することは、実に大変なことだった。1936年東京生まれの沖縄二世であるわたしが、高校時代から沖縄行きを熱望していながら、戦後初めて沖縄の土を踏むことができたのは、ようやく1959年の春のことであった。当時沖縄の通過は、すでに軍票B円から米ドルに代わっていたが、日本から沖縄に行くのに一銭の外貨も持ち出すことはできず、沖縄での滞在費は、全額沖縄の身元引受人が保証しなければならなかった。そんな時代に森口の沖縄旅行を可能にしたのは、金城哲夫との兄弟のような関係だったのだろう。そして森口は、1959年、大学を中退して、琉球新報の記者になる。当時、そんなことができたのは、琉球新報編集局長(後に社長)の池宮城秀意との出会いがあったからである(森口豁「ヤマト嫌い・沖縄言論人池宮城秀意の反骨」講談社)。ここでも、1960年に大学を卒業する予定のわたしが、父の友人たちを頼って沖縄に職を求めながらついに軍政下の沖縄にもぐり込みそこなったほろ苦い思い出が重なる。その後森口は、日本テレビ沖縄特派員に転じ、沖縄が日本に返還された直後、沖縄を離れた。つぶされかかった大学の助っ人として沖縄に住みつたわたしと、ちょうど入れ替わりであった。その後も森口は、足繁く沖縄に通い、数多くの沖縄ドキュメンタリー番組を制作した。フリーになってからは、沖縄に通っているのか住んでいるのかわからないくらい、頻繁に沖縄でその姿を見かける。この本の魅力の一つは、森口の、生活者と取材者の絶妙なバランス感覚によって生み出されているのではないかと思う。森口は、この本をわかりやすく書くために「一人ひとりの生き方を通してものごとを見つめる手法をとった」という。だから、現役であると、故人であるとを問わず、有名無名、、実に多くの、そしてさまざまな分野の人びとが登場する。読谷村前村長の山内徳信、彫刻家金城実、かつて沖縄の労働運動・平和運動を率いた故仲吉良新、ミュージシャン喜納昌吉、民謡歌手大工哲弘、居酒屋店主土屋寛幸、そして、離島波照間の老女や鳩間のおじいなど、多彩である。読者は、森口に連れられて、これらの人びとと出会い、彼らを通して、等身大の沖縄に接することになる。ここでは、沖縄戦体験や基地問題から、三線(森口は三弦と書く)や泡盛まで、さまざまなテーマが、庶民の日常の喜怒哀楽を通して語られる。 森口は、「この本をできるだけ若い人に読んでほしい」という。その意味で、この本は、一種の入門書だろう。しかし、体系的な沖縄入門ではない。読者は、森口が思いつくままに歩きまわる後について、近い昔の沖縄を旅するだけである。にもかかわらず、この本からは、さまざまな場所やテーマを貫いて流れる基調音ー通奏低音とでもいおうかーが聞こえてくる。いうまでもなくそれは、沖縄戦の体験である。沖縄戦は、沖縄現代史の原点である。その歴史的体験は、今なお、人びとの日常をも規定している。であってみれば、自らの関心にしたがって、さまざまなテーマをとりあげる森口の筆が、沖縄戦体験に行きつかざるをえないのは自然の成り行きでもある。だが、森口が、人びとの日常に潜む沖縄戦体験にいやでも気付かされてしまうのは、森口やわたしが、どのようなかたちにせよあの戦争(アジア・太平洋戦争)を直接記憶する最後の世代であり、森口が、その幼い記憶をひきずって、戦後がまだ生々しい戦後であった時期に沖縄を訪れていることと、深くかかわっているのかもしれない。 沖縄でも、沖縄戦の直接的体験者は、人口構成の上では圧倒的少数者となった。もちろん、戦後世代のなかにも、この社会的体験の継承を志す多くの人びとがいる。しかし、同時に、沖縄独自の歴史的体験をふまえた「自己主張」を「言い訳」とすりかえ、「言い訳をしない沖縄をめざそう」とよびかける若手歴史研究者なども登場している。彼らの登場にも支えられながら、基地沖縄の現状を容認し、その代償としての財政支援で社会的発展をーと主張する物乞い県政も登場している。それは、巧みな情報操作によって生み出された表層の現象としての側面もある。だが、ただそれだけとはいいきれない社会の構造的変化とかかわる側面もある。沖縄独自の歴史的体験を棚上げしようとする同化主義的傾向や、既成事実追認の物乞い政治は、戦争をしないと誓った憲法をもちながら、戦争のできる国家へ大変身をとげつつあるこの国のありようと無縁ではない。 森口は「わかりやすく書くことにつとめた」結果、「それぞれの文章が、多分に二項対立的の図式は、沖縄が「醜い日本人」を告発しようとする場合にも、ヤマトゥンチューが、沖縄を鏡にしてヤマトを糾弾しようとする場合にも、くり返し使われてきた手法である。だが、それは、ヤマトとウチナーの関係性を鮮明にするよりも、その構造的関係をあいまいにし、とりわけ沖縄の内部矛盾を見えなくする場合が少なくないと、わたしは思っている。たとえば、沖縄人のやさしさを表現することばとして、「他人に懲るさってぃん寝んだりーしが、他人懲るちぇー寝んだらん(他人に痛めつけられても眠ることはできるが、他人を痛めつけては眠ることができない)」ということわざがよく引用される。森口もまた、これを引用している。しかし、盛り上がりにかけた湾岸戦争反対の運動や物乞い政治が誘発した基地誘致運動に直面しているわたしは、このことわざを気安く引用するきにはなれない。この本を読みながら、そんなことを森口とゆっくり話し合ってみたい気持ちになったが、いずれにせよこの本は、ただ単に初心者向けの入門書にとどまらず、沖縄問題に一家言のある人たちにとっても、一読にあたいするものであることは間違いない。
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