はじめに

変わらぬ沖縄、変わらぬ日本
〜私の原点としての<沖縄>

「あなたが沖縄と関わりはじめた理由はなんですか?」
こんな質問をよく受けます。そんなとき、私は「話せばながくなるんですが・・・」と言いつつ、次のように答えます。
「一つは自分の沖縄への無知。二つめは<沖縄>を知ってしまった者としての責任と言えばよいのでしょうか」

 私がはじめて沖縄を知ったのは1956年の春、高校生の時でした。沖縄出身の学友に誘われて約2週間、沖縄を訪ね、南は糸満高校から北は辺土名高校まで沖縄本島のすべての高校生と交歓会を重ねました。その旅を通して私(たち)は、日本から切り離され米軍政下にある沖縄の実情を知りました。

<無知>であることの衝撃と、日本人としての責務・・・。沖縄の旅は私たちに大きな課題を突きつけました。沖縄から帰った私たちは「観てきた沖縄」を日本本土の同じ世代の高校生に伝えるためのささやかな活動を始めました。まずパンフレットを発行して全国の高校の生徒会宛、送り続けました。活動は「沖縄に本を送る運動」「沖縄と本土、5000人文通運動」へと発展。<沖縄>に無関心な時代の中で一定の役割を果たしました。

 ここで紹介する文章は「観てきた沖縄」と題するパンフレットの中のいくつかの訴えです。いま、あらためて目を通してみると、あれから45年も経過したのに<沖縄>の現況は本質的になに一つ変わってないことが分かり、愕然とさせられます。
 沖縄はいま、普天間基地の返還に伴う新たな基地の押しつけをめぐって揺れています。政治は戦後このかた、沖縄を軍事的に利用することのみに明け暮れています。そうしたことを念頭に置いて、半世紀前の<若者の訴え>を知ってほしいと思います。<沖縄>を自分たちの問題にするために・・・。

←総合indexに戻る

←沖縄通信indexに戻る


Copyright(c)1999-2002 Katsu Moriguchi ALL RIGHTS RESERVED.