沖縄に戦争中から27年迄生活し、同じ年の8月、中学2年の編入の為上京した私は、今迄あまりにものんびりと育った為か、自分の置かれている立場と云う事を、本当に考えた事はなかった。
あの苦しかった、悲惨だった戦争が終わったと云って、安堵の息をもらしている人間が何と多い事であろう。
自分もその一人である事は、今はただただ済く思っている。
互に制覇を争う戦争は確かに終った。しかし日本国民の為命を捨てて戦った沖縄に対してなすべき事は、何一つなされてないのではないだろうか?
現在、ジャーナリズムが取り立てて、今や世界的な問題にもならんとしている。「小さな沖縄の土地問題。」
これは決して沖縄だけの問題ではない。
本土から離れているし、土地が狭いので、実生活に及すその苦労は、実に血の出る様なものである。その様な沖縄の島民生活にかんがみ本土の人達は、もっと自分自身の立場を考えてみる必要はないだろうか。
あの戦争の為、日本人の眼はふさがれてしまったのか?いや目前の虫の食い見せかけに、酔わされているのだ。その様な時に起こったこの問題をきっかけとして、もっともっと反省してみようではないか。
本土の学生諸君、私は琉球政府のパスポートを持って日本に在留する留学生の一人です。少数の高校留学生の中の私にかせられた義務は、真剣な仲間の煩悶を訴える事であります。
本土の皆様!愛の教具ありがとうございました。温かい援助のお陰でやっと少しばかりの体育用具や実験用具がそろいました。今春帰省した際に、その事を仲間から伝えてくれとたのまれましたので、改めてここに感謝の意を表します。
しかし沖縄の不安な渾沌たる地で勉学生活をつづけている我々の仲間にとって大変な苦しみがあるのです。
「言論の自由」がないと云うことです。祖国復帰を叫べば「赤」と云う「印影」を押されるのです。そうした「印影」のある学生は留学がなかなか許されず、しかもその上に赤と云うレッテルをはられるのです。
我々の時代に言論を封鎖されたら一体どこにその横溢なる精神のはけ口を求めたらよいのだろうか。しかし11年間ものその創痕はついに言葉のない青春を作ってしまったのだ。
我ら沖縄の高校生の印象は真剣な表情の奥に暗さがあると云う。沖縄の高校生はなかなかにその口を割らない。それは「犬」と称するアメリカ側の密使の密告を恐れているからだ。それも敗戦の結果抗力の重圧を沖縄住民の力ではどうするすべも知らなかったのである。戦後11年現在の沖縄は確かに美しい第2のハワイと称される程の地になった。しかし我々は首を括られ美しい小屋でいい服を着、美味い食物を食べている犬よりも野原を自由に歩き廻っているやせた犬の方を愛する。インド国民がイギリスに対して自由を求めた精神と全く同様である。
しかし今度のプライス勧告の問題がついに島民の怒りをかい、今迄の感情が大きく爆発した。大きな爆音が全世界に響いた。
今、沖縄の運命を決っする瞬間が近づきつつあるのです。どうか全国同胞諸氏出来る限りの力で高校生の立ち場で応援して欲しいのです。我々島民にとってそれが最大の力なのですから、沖縄の地に立って血まなこになっている仲間の姿を目に浮かべて、どうか激励して欲しいのです。それが最大の力なのですから。
沖縄は、これからどうなるのだ。私は沖縄を故郷に持って今度の問題には真剣になった。ともすれば祖国に来ている私達は、沖縄の現状から離れがちである。しかし私達の沖縄の仲間はわけのわからない政治情勢の下で、色々の矛盾の為苦しんでいる。
沖縄は今日、明日の命さえ解らない現状ではないか。沖縄はどうなるか。沖縄の命は私達の命である。その沖縄を青年としてどう考えればよいのか。日一日と祖国から離されるるある現在、私達は祖国の仲間に呼びかけ、確実に祖国と一つになろうではないか。
沖縄はアメリカのものではない。沖縄を守ろう。もっと人間として生きようではないか。同じ人間であるなら、人間が人間の気持ちを理解せねばならないはづである。沖縄を沖縄住民を日本に理解してもらおう。
私は祖国の仲間との固い団結に励まされて、沖縄の同胞を、いや島を守りたいと念願する。 終戦さらに11年間うちのめされつづけて来た80万島民にとって、祖国日本の同胞愛こそ最大の力なのです。
1 詩 主旨 詩「農土」 2 沖縄を観て来て 3 詩「林」 4 沖縄を故郷に持って 5 詩「島のコウロギ」 6 解説