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沖縄通信 No21

旧「満州国」を旅して
〜日中の歴史認識の落差を憂う〜


日露戦争で両軍が死闘を繰り広げた203高地から旅順市をのぞむ

 9月、初めて中国東北部(旧満州)を訪ねました。沖縄からまず上海に飛び、そこから日替わりで大連、瀋陽、長春、ハルビン、チチハルまで、総距離にして約2000キロ(北海道から九州・鹿児島までに相当)を7泊8日で巡る強行軍でした。

 旅の目的は、日清、日露戦争、日中戦争などの発火点となった歴史の現場に立ち、「過去」と自分のつながりを感じること。水先案内役は沖縄の歴史研究者・又吉盛清氏です。

 旅順(中国政府が未開放地区に指定、外国人は入れない)では、日本の中国圧政の爪痕、旧「旅順監獄」への立ち入りを特別に許可されました。同監獄は日露戦争(1905年)に勝った日本が「反日活動家」ろを投獄した所です。(「朝鮮解放」を叫んで伊藤博文・元首相を暗殺した安重根の遺書や朝鮮の行く末を案じた辞世、そして処刑場などを目の当たりにして強い衝撃をうけました。

 瀋陽では、日本軍の住民大虐殺で知られる撫順の「平頂山殉難同胞遺骨館」と、「戦犯管理所陳列館」(日本の「巣鴨プリズン」に相当)、そして「満州事変」の発火点となった柳条湖事件の現場に建つ「9・18事変博物館」を。長春では、旧「満州国」皇帝・溥儀の足跡を展示した「偽満皇宮博物院」を。ハルビンでは「第731部隊陳列館」を見学しました。

 日中の歴史を正視するにはあまりに短すぎる日程でしたが、この旅で感じたことを一つだけ報告しておきたいと思います。両国国民(もちろん、政府を含めて)の歴史認識の落差と、日本における戦争資料館の在り方についてです。

<忘勿 9・18>

 各展示館の入り口では、江沢民・国家主席揮毫による大きな石碑や額が目につきました。<9・18を忘れるな>、つまり1931年9月18日の「満州事変」勃発=日本の中国侵略を決して忘れてはならない、というものです。「9・18事変博物館」でも「偽満皇宮博物院」でも地元高校生の姿をよく見受けました。若い人たちの歴史への関心の強さを感じました。日本の若者に「9月18日は何の日?」を聞いても、答えられる人は恐らく皆無に近いでしょう。双方の歴史認識は開くことはあっても縮まることはないのではないか、と不安が募りました。

 足を踏まれた側、つまり被害者の苦しみや哀しみを“加害の側”はどこまできちんと受け止めているのか――。江沢民の揮毫はそのことを私たちに突きつけているように思いました。日本には広島、長崎、沖縄などにそれぞれ優れた戦争資料館がありますが、「すぐれた施設」といわれるそうした資料館にして、展示内容は「被害の側面」に尽きていて、日本の中国やアジア諸国に対する「犯罪」についての展示は皆無の状態です。日本では「日中戦争」は年表の中の一行にすぎません。

 日本が“歴史の孤児”にならないために、再び他民族を傷めつけないために、戦争資料館の展示内容の再検討をしなくては……、との思いをつのらせた旅でした。


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