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沖縄通信 No28 2004年1月26日号

「日本の戦後」が死んだ日
〜2004年2月19日〜



 国民の大多数が反対し、国会の議論も不十分なまま、1月19日陸上自衛隊「イラク派遣隊」第1陣30人が、重装甲車を連ねてついにイラクに入った。「専守防衛」を任務とする自衛隊が「殺されるかも知れない。殺すかもしれない」(小泉首相)外国に足を踏み入れるのはもちろん初めてのことだ。

 テレビも新聞も派兵問題を連日大きく取り上げている。日本の「戦後」の「戦前化」は今に始まったことではないが、時の首相が公然、かつ平然と「武力による国際協調」や「国益」を言い、日の丸や海軍帽が打ち振られる中を重装備の自衛隊員が戦乱の地へ出て行く風景を見せつけられると、もはや「新たな戦前」の到来は否定すべくもない事実だろう。

 アジア・太平洋戦争の結果、膨大な被害と加害を通してもつこととなった「非戦の国是」(憲法九条)が、たった一内閣によって葬られてしまうことなど、いったいこの国の誰が想像しただろう。あの戦争が築き上げた夥しい屍の山は果たして何だったのか。命も憲法もこんなに軽いものではなかったはずだ。「小泉政治」はブレーキの効かなくなったクルマ同然だ。僕は幾度「これが悪い夢であってくれたら・・・」と願ったことだろう。だが何もかも、今という時間の中で刻まれている正真正銘の歴史的事実である。何という虚しさだろう。

 民族の誇り
 アメリカはイラク攻撃/占領の理由に「テロの根絶」をあげる。小泉首相も「テロ撲滅はいまや国際世論」と言ってはばからない。なぜ米英軍などへの抵抗が絶えないのか、その根源へ眼差しを向けることなく、すべてを「テロ」=悪と言って非難する。それは賢明な政治家のすることではない。自国への理不尽な攻撃や占領に抵抗する権利は誰にだってある。むしろ、そのプライドの高さこそ尊ばれるべきだ。

 ブラジルの建築家オスカー・ニーマイヤーはこう言っている。
 <テロとは反乱であり、勇気であり、かつ解放であり、絶望でもある。一概に定義するのは難しい。-----時として新しい夜明けを迎えるためには避けがたいことがある>(02年7月、共同通信のインタビューに対して)

 その通りだと思う。
 手製の爆弾を腹に巻きつけて、我が身もろともに敵に突っ込むアラブの民と、クラスター爆弾などの殺戮兵器を町や村に降らせ、何の罪もない女性や子供たちをたくさん殺して平然としていられる軍事大国のリーダーのどちらに正義があるだろう。
 ブッシュよ、ブレアーよ、そしてそれを支持する者たちよ。あなたたちは極悪非道な殺人者なのだ!
 アメリカの高名な思想家ノーム・チョムスキーの言葉を引く。
 テロとは他者が「われわれ(米国)」に対して行う行為であり、「われわれ」がどんなに残酷なことを他者に対して行っても「防衛」や「テロ防止」と呼ばれる。最も深刻なテロは、国家によるテロだということを思い出してほしい>

 イラクに向けて航空自衛隊の本隊第1陣が日本を発った1月21日、沖縄戦の激戦地・糸満市のガマ(自然壕)の中では、東京の高校生たちが戦争体験者の話を聞いていた。その高校生の発言-----。

「人道復興支援になぜ武器が必要なの?武器を持っていても解決できない。分かり合えるまで話し合えばいい。」
 この素朴で健全な感性を大切にしたい。見え透いた「政治のウソ」が罷り通る、恥ずかしい時代だからこそ。

 怒を忘れず
 希望を失わず
 孤立を恐れず

 これは、今年の年賀状に書いた僕の言葉。
<昭和16年>に太平洋戦争が始まり、<平成16年>に自衛隊の海外派兵-----。この数字の符合がなんとも不気味だ。
 最後に、沖縄紙の歌壇から一首。

 自衛隊のイラク派遣に聞こえ来る声なき声の潮騒哀し  -----下地久美子

 写真:八重山・黒島の豊年祭で舞う弥勒神=2000年6月写す


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