旅日記 8/29
琉球人の墓
台風接近のせいか,雲が低くたちこめている。バスは福州へ向けてかなりのスピードで走っている。泉州での祈願祭は天気のことまでは祈らなかったな,などと思いながら,朝食の時に残ったお菓子などを食べていた。中国の朝食には必ずお粥が出てくるが,カステラやお饅頭などの甘い物も必ずテーブルに並ぶ。その時は食べられないが,お腹が空いたら食べるつもりで,ビニールに入れて持ってきたものだ。
2時間ぐらい走ったところで渋滞にひっかかった。交通事故があったらしい。その現場を通り過ぎる時,目を疑ってしまった。人が車に跳ねられ倒れている。いや,すでに死んでいる。脳みそが散らばり,目が飛び出ているように見えた。渋滞の様子からして結構時間はたっているように思うが,そのまま死体は横たわっている。周囲の人達はただ見ているだけで上着をかけるといった様子もない。亡くなった人を見ることは幸福をもたらす,ということを後で聞いたが,そういうことだったのだろうか?
交通事故はこちらが気をつけても相手があることだが,とにかく充分に注意しなくては,ということをあらためて肝に銘じた。事務局が事前研修会などに口をすっぱくして言っていたのがよくわかった。
福建の沿岸部を約5時間ほど走り,やっと福州についたら雨が降り出していた。そのために駆け足になってしまったが,琉球人の墓の参拝をした。地味な朱色をした塀に囲まれ,その塀に水色で「琉球人墓」と大きく書いてあった。墓というより小さな公園のような感じだった。墓は群になっていた。形は亀甲墓と同じだが,ひとつひとつが小さい。その墓たちは,文化大革命の時代に,中国の一部の学者の手によって破壊から守られたそうだ。現在も綺麗に整備され,木々も青々と茂っている。中国の人たちに感謝せずにはいられない。
墓の前に立ち,私たちの先人たちは,本当に中国に来ていたんだな,とあらためて,感動してしまった。沖縄から持ってきた平線香(ヒラウコウ)の煙の中に,先人たちの姿を見たような気がした。「どうぞ私たちをお守りください」と手を合わせ,志し半ばで倒れた先人たちのぶんも,元気に歩こうと心に誓った。

琉球館(柔遠駅跡)は,当時の宿泊施設だ。スイッチ工場になっているらしいが,近い将来復元の予定があるとの説明だった。復元計画図を見せてもらった。今度来る時は,きっと復元されているにちがいない。楽しみだな!
(*琉球館は復元され,中国大陸3000キロ踏査行の写真も飾られているという)