NEWS・沖縄タイムス
「中国の学校に本を贈る」という約束を果たしに、鄭州から西安まで四百キロの旅をしたのは十月下旬だった。日本人留学生が残していった本を何年も回し読みしていたと言う河南大学の学生は『天声人語』を見て喜んでくれたし、小学生や中学生は『ドラエモン』(中国では「機械猫」として大人気)や『魔女の宅急便』『ごんきつね』などのページをめくるたびに目をキラキラと輝かせてくれた。
手拍子に合わせて踊る(陝西省芸術師範学校)
私が「中国に本を贈りたい」と思ったきっかけは、三年前「中国大陸三千キロ踏査行」に参加し、淮安市図書館の敷地内にある琉球人墓の前に立ったことだ。福州から北京への「進貢使の道」で、志半ばで倒れた人々が眠っているお墓に泡盛をかけ、お線香を焚き、「船出の唄」が流れる中、旅の安全を祈願した。私は、琉球からの使者を手厚く葬り、今でも大切に守ってくれている中国の人たちに何か恩返しができないだろうか、と考えた。
踏査行の間、自由時間を利用して図書館や学校に行き、本がないこと、本はあっても本棚に鍵がかかっていることに驚いた。山東師範大学日本語学科の学生は「もっと日本の本が読みたい」「日本のことが知りたい」と言う。その時、私は本を贈ることが恩返しになるかもしれないと思った。
どこでも熱烈歓迎された遣唐使文庫一行(三門峽実験中学校)
今年再び中国を徒歩で旅する機会を得ることができた。三月から六月までの約八十日間、上海から西安まで千五百キロの「平成の遣唐使」の旅だった。「本を贈りたい」という話をこの旅のスポンサーにしたところ、私は「遣唐使文庫」設置のための調査を担当することになった。そして十月の「本を贈る旅」が実現したのだ。
遣唐使の道を歩き、交流をしながら「文庫」を贈る約束をした図書館や学校は全部で十八ヶ所。そのうち十月に再び訪問したのが八ヶ所。今回はバスで学校を訪問したのだが、日本から郵送した五百冊の本が商売のためと思われたらしく、北京で足止めされてしまった。急きょ百冊の本をメンバー五人の鞄に分散させて日本から持ち込み、北京で購入した百冊ほどの中国語の本とあわせて贈ることにした。
私はこれからも、「知りたい」という中国の若者や子供たちを応援したい。「本」は「あなた達と友達になりたい」という私達の想いのシンボルなのだ。
うさぎの部屋