デンバーうさぎ日記


1996年7月


南極ネット有志から喜納さんへ贈った応援旗
7/6沖縄・奥武山での壮行コンサートで

7/19 アトランタへ行くことにした。

 沖縄県人会会長さん宅への宿泊がOKになり,安い航空券を探して旅行会社にかったっぱしから電話。通常の1.5倍の値段で560ドルのチケットを購入。

 南極ネットから喜納昌吉さんへ贈る「ハイサイ!アトランタ」の旗に似せたデザインのTシャツを手作りした。白地のTシャツで写真に近い色でコピーして,旗の中央をTシャツの表に描き,旗の両脇の「木と月」「木と太陽」の部分は両袖に別々に描きました.左そでのところに「南極ネット」の文字を入れた。紅型もアバランチのTシャツもいいけど,これを着て喜納サンのコンサートに参加したいと思っている。

7/19 喜納昌吉さんのオリンピック記念公園でのコンサート


オリンピック記念公園でカチャシーを踊る

 オリンピック記念公園内の野外ステージは,あれれれれ〜と思うほど作りが悪かった。舞台は地上から5メートルぐらい高いところにあり,舞台の後ろは吹き抜け,ステージの中央下の部分は通路になっていて人が行き来している。通路に橋がかかっていて,それが舞台という感じだ。音響装置も悪く,喜納さんはとても歌い辛そうだった。  演奏がはじまると,舞台前の通路は100人編成のエイサー隊で埋まり,通行止めの状態になった。勇壮な太鼓の演技が終わり,続くはリズミカルな「ハイサイおじさん」。エイサー隊のリードで見物客も踊り出し,ムードは最高潮。しかし,スローテンポの「花・すべての人の心に花を」になったとたん,ステージ下の通路に人が歩き出してしまった。
 多くの人達は,喜納さんがオリンピックの開会式で歌うと思っていたらしいが,それは勘違いだ。「オープニングイベント」に出演であって,「オープニングセレモニー」への出演ではない。何度か,嘘だったの?という言葉を聞いた。喜納さんは誤解されているようだ。

 夕方、アトランタ沖縄県人会の主催で,喜納さんを囲んでの交流会が行われた。当初から計画されてはいたのが,県人会メンバーの多くが,オリンピックのためのボランティアで忙しいため「お流れ」になるところだった,とのこと。
 交流会は,沖縄からやって来たエイサー隊(コンサートを盛り上げた青年たち)や神戸から来た喜納さんのファン,アメリカ各地から応援に駆け付けた人達などが参加。最後は,喜納さんの「花」の大合唱だった。私が一番印象に残っているのは,昌栄さん(昌吉さんのお父さん)が,昌吉さんに握手を求め,抱きあったことだ。

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