デンバーうさぎ日記
1月1日(木)晴/デンバーの気温1.66〜14.4℃

タオス・プエブロ
長文ごめんなさい。
タオス・プエブロの「タートルダンス」を見に、私とうさだんとHくんの3人で、ニューメキシコ州へ行ってきた。
大晦日の午前8時、朝食を軽くとり、日本の両親にも新年の挨拶を電話でしてから家を出発。まずはガソリンを満タンにする。もしもの時のために寝袋も用意した。I-70というハイウェイをひたすら南下する。思ったよりも早くタオスへ到着しそうなので、さらに足を延ばしてサンタフェへ向かうことにした。デンバーから平均時速60マイル、約6時間でサンタフェに到着。
サンタフェは芸術家の集まる街、街全体が美術館のようなところだ。ギャラリーも数多くある。アメリカ人が行きたい場所NO1がこの街だというだけあって、いろいろな州のナンバー・プレイト(英語では、ライセンス・プレート)を見かけた。
大晦日のサンタフェは,Adobe造り(ネイティブ・アメリカン風、あるいはメキシコ風)の建物の上や,街の中心にある広場「プラザ(メキシコならソコロ)」に並べられた「紙袋入りろうそく」(または,それ風ライト)が,とてもロマンティックだった。博物館や街のふいんきを楽しんだあと、目的地のタオスへ向かった。
タオスの街近くで、車を止め星空を眺めた。あまりの星の多さにただただ見とれるばかり...天の川がはっきりと見え、流れ星もみた。いつもは簡単に探せる星座たちも、星が多すぎて逆に判りにくくなっていた。
タオスに到着して、近くのレストランへ行った。一杯5ドルのマルガリータはアルコール分が思ったよりきつく、半分で酔ってしまった。翌日はいよいよ「タートル・ダンス」だ。朝早いので、新年のあいさつは起きてからということで眠りについた。
が、隣部屋の家族連れが12時を過ぎてからも賑やかにパーティーを続け、大声のために目がさめてしまった。こんなこともあるだろうと「睡眠薬」を持っていたのだが、非常識な人達のために使うのは嫌だと思い、注意しに行った。
廊下に面したドアはあけっぱなしで、声がフロアー中に響いている。「ごめんなさい」という女性もいたが、「今日はニューイヤーで皆が祝っている」という酔っ払いがいて呆れた。「関西人も酒を飲むだろう」と言ってお酒まで勧めてきた。パーティをして騒ぎたいのなら、人に迷惑にならないところでやればいい。「静かにしてください」と言ったら「Shut
up, JAP(だまれ、日本人)」と言われ、またしてもお酒を勧めてきたので、「私はオキナワン!アメリカの基地がある島から来た。とにかく静かにして下さい」と言って、部屋に戻った。
ホテルのセキュリティに連絡し注意してもらったら何人かは部屋を出ていったが、その後も酔っ払いの声と音楽が響いて、朝まで眠れなかった。
アメリカに住んで、差別用語を直接言われたのは今回がはじめてだ!差別する人は、差別された人の痛みを知らないだろう。気分は最悪だった!が、これもいい体験だと気持ちを切り替える。でも、あのタオスのプラザに面したホテルには二度と行きたくない。客だけでなく、暖房も夜中にしかかからなかったし、フロントの対応も悪かった。
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目的の「タートルダンス」は、タートル・アイランド(ネイティブアメリカンの言い伝えでは、アメリカ大陸は亀の甲羅の上にあるという)の大地に祈りを捧げる儀式で、元旦にタオスのプエブロ(ネイティブ・アメリカンの村)でおこなわれる。観光のための見せ物ではないので、情報があまりなかったが、ちゃんと見ることができた。ラッキーだった。
30人ほどのダンサー達(全員男性で、小学生ぐらいから、50〜60才ぐらい)が一直線に並び、中央にいる数人がリードして祈りの唄を捧げながら踊っていた。息が白く見える。祈りの言葉は、たぶん部族の言葉だろう。低い太鼓の音とダンサー達が振るカメの甲羅のマラカスの音がとても神聖に聞こえた。踊りは足踏みが主だ。大地に語りかけるように、ゆさぶるように、その場で、あるいは回転しながら足踏みが続けられた。ダンサー達の上半身ははだか、膝にはカメの甲羅を結わえつけ,頭には色とりどりの羽が飾られていた。(右の写真:タートルダンスに近い衣装や小道具が写っている。観光パンフレットより)
時間をおき、あっちこっちで繰り返された「タートルダンス」だったが、何回か見ているうちに、やっぱりこれは儀式なのだから部族以外の見物客がいるのもなんだな〜と思った。が、「大地は誰のものでもなく、人間がそこにいさせてもらている」というネイティブアメリカンの考えがあるからなんだな、とも思った。
太陽のお陰で寒さが緩んだころ、私達は次の目的地「コロラド州のグレート・サンド・デューン(大きな砂丘)」へ向けて出発、タオスを後にした。
今回、私はどうしても行きたい場所、行かなければいけない場所があった。それはタオスから15分ぐらいの所にある「リオ・グランデ」という深い深〜い谷にかかっている橋だ。実は1996年の夏,ここから飛び降り自殺をした少女がいて、その現場を目撃してしまったのだ。ズット気になっていたので、今回は絶対にお祈りしようと思っていた。ろうそく・線香・泡盛&水(沖縄のもの)とそこに咲いていた花を摘んで橋の真ん中でお祈りした。娘さんの魂が少しでも慰められれば...合掌。
ニューメキシコ州からコロラド州へ戻り、しばらく行くと、雪なのか雲なのか、その境がわからないような中にまっすぐ伸びた道があり、そこをひたすら走って、砂丘に着いたのは夕方。
砂丘の手前にある川が凍りつき,スケートリンクのようだ。でも、近くで見ると、風や太陽のせいで不思議な形になった氷の塊が続き、幻想的な景色が広がっている。自然は偉大なアーティスト!ここにいるのは、レースのカーテンを氷で再現するような彫刻家だな、と思った。つるつる滑る氷の上をはしゃぎながら歩き,夕暮れ間近の砂丘へ。潮の引いた後の砂浜のように、波形を残している砂丘。砂丘の向こうは海かしら〜?
あ〜もっと時間があったら... 急激に冷え込む日没後のことを考えると仕方ない...
ピンク色に輝く今年最初の夕日の中,砂丘を後にした。
夜遅くデンバーに到着。この旅、1泊2日にしてはあまりにいろいろありすぎて、1週間ちかく経ったような気がする。この調子で、今年も跳ねて跳ねて跳ねまくるぞ!息切れしないように、ボチボチ楽しくね!
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