うさぎ日記


5月24日(日) 福島 ちょっと長いけど読んでね

 祖母は今日も朝から温泉。私は朝寝坊!

 会津若松へ向けて出発したのはいいけれど、スカイラインはカーブが多く、助手席に乗っていて気分が悪くなってしまった。このままではヤバイと思い、運転手にバトンタッチ。先導車がいるので道順を気にせずすんだが、すごく緊張してしまった。まだ1才にもならない赤ちゃんから、94才の祖母まで、10人乗りのワゴン車に9人が乗っている。おまけに雨まで降ってきた。私はアメリカでは高速道路でも、雪道でもどんどん運転していたが、日本本土で運転をするのは初体験だ。道が狭いうえ、カーブなどに平気で停車している車があって怖かった。山菜取りのシーズンで山に入る人が多いと後で聞いた。

 無事に会津若松市に到着して、メンバーは白虎隊で有名な飯盛山(いいもりやま)などを見学。雨だったので、私や祖母、従妹はその間、車の中で話をして時間をすごした。

 祖母は福島の出身で、沖縄出身の祖父と結婚して東京で暮らしていたという。戦後すぐ、焼け野原になった東京から沖縄に移り住んだ。子供は8人(私の母は次女で、上から5番目)。「沖縄も焼け野原。でもあたたかい沖縄なら、どうやっても暮らせるよ」という祖父の言葉で沖縄に来たという。「東京はなにもかも焼けてしまった。でも、子供たちだけは残ったよ。」と言って微笑む祖母。子供が親に与えるエネルギーのすごさと、親が子供を思う心を今さらながらに感じた。

 沖縄では、ヤマトンチュー(大和人=日本人/自分たちのことはウチナーンチュという)に対して差別的な面がある。ここ百年の歴史、琉球処分、沖縄戦などを考えれば無理もないことだとわかる。日本本土でも、例えば「沖縄人、朝鮮人お断り」という貼紙をしたお店があったのだから、おあいこか?

 祖母は、日本軍(=日本人ではないけどね)の愚行が生々しく記憶された戦後すぐの沖縄に来た。ヤマトンチューの祖母が、ヤマト嫁として苦労したことは想像できる。でも、一度もそんな話を聞いたことはない。ちなみに、沖縄の女性と結婚した日本人は、ウチナー婿と呼ばれる。うさぎの夫は、東京出身なのでこれにあたる。彼と結婚するときに、「ヤマトゥーと結婚するのか!ウチナーンチュを馬鹿にしているのか」と、ある年配の新聞記者に言われた。これにはホントに驚いた。

 祖母がヤマトンチューなので、私のことを純粋な沖縄人ではないじゃないかと言った人がいた。確かに、「血」の問題でいうなら、私はヤマト・クウォーターだろう。でも、私は沖縄生れの沖縄育ち、アイデンティティーは沖縄にある!

 沖縄出身者だけで話をしているとヤマトンチューの悪口がはじまり、ヤマトンチューだけの中にいるとその逆がはじまる。私は幼い頃から、両方の文化を比べる機会が多かった分だけ、両方の良い面、悪い面に気がつくのだろう。私は、どちらかというと沖縄寄りではあるが、このウチナー対ヤマトに限らず、「血」の問題ばかり意識した「××人」というレッテルでモノを考えることはナンセンスだと思っている。

 *ヤマトンチューという呼び方の他に、ナイチャー(内地の人)という呼び方もある。

 ←前日へ次の日へ→
5月INDEXへ


うさぎへのメールusagi@cyber-rabbit.com
Copyright(c)1998 Michiyo Arakawa H. ALL RIGHTS RESERVED.