週刊うさぎ日記


7月 第3週

 沖縄ってこんなに暑かったかい?体に悪いと思いつつ、家に居るときはクーラーをかけっぱなし!冷たいものもよく食べる。

14日(火) 

 友人Yファミリーのログハウスづくり第一段「積み荷下ろし」を手伝った。雲一つ無い青空、太陽は憎たらしいほどギラギラに輝いていた。お蔭で顔は真っ赤かのうさぎです!

 はるばるフィンランドから船でやってきた材木たちは、いい香りがしていた。友達の家だけど、出来上がるのが今から楽しみだ。

 コンテナから積み荷を下ろすには、男性8人で約8時間かかるという。が、火曜日ということもあって人手不足!午前中は男性3人に女性2人、午後は男性2人に女性1人、夕方から一人二人と増え、一番多いときには男性7人、女性4人になっていた。陽が沈んでからは能率もよく、なんとか午後11時過ぎにはトレーラーを空にすることができた。

 もう一台、材木をぎっしり積み込んだコンテナがやってくる。次回はもっと人手があるといいけど?

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15日(水)

 沖縄県立博物館のボランティア養成講座で、「沖縄の染織」という講演を聞いた。講師は、20年以上も首里高校で染織を指導してきたI先生だ。

 先生はこれまでに集めたさまざまな染め物や織物を持参し、紹介してくれた。

 久米島の泥染めの糸で織られた久米島紬。もうこんなに上質な糸はつくれなくなっているので、とても貴重なものだと言っていた。

 インドやインドネシアのかすり模様と沖縄のそれは似ているという見本のような織物も見せてもらった。

 紅型の復興に力を注いだ故城間栄喜(しろまえいき)氏の紅型もI先生のコレクションにあった。それは分厚い布(たぶんメリケン粉袋)に染められていた。子供の着物にと仕立てられたものを自分でタペストリーにしたという。

 *城間栄喜 1908ー92年、沖縄県那覇市生れ。城間氏の生家は首里王朝時代役300年間にわたり、紅型で王府に仕えたという名家。1927年、紅型宗家城間家14代目となる。敗戦後、貧しさの中、手持ちの材料で紅型の仕事を再開。1973年沖縄県指定無形文化財(工芸技術)技能保持者として認定される。15代目は息子の栄順(えいじゅん)氏が継いでいる。

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19日(日) 

 中国大陸3000キロ踏査行で一緒に中国を歩いたZさんが結婚した。3000キロのメンバーと2次会で会った。5年ぶり、2年ぶりに会う人がほとんどで、とても懐かしかった。

 こんなことでもないと那覇(なは)へは出かけない。那覇の生活のスピードや街の音がイヤだからだ。観光客に乗っ取られたような国際通りには、沖縄らしさは見あたらない。まぁ、これが夏の沖縄なのだ、と言えばそうなのだが...

 沖縄へ来るみなさん、あんまりみっともない格好と行動はし、な、い、で、ね!

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