5月4日(火)*長文

 最近、沖縄の新聞に本の紹介記事を頼まれて書いた。私はハロルド・リカードさんが英訳した本を紹介した。

 『THE ISLAND WHERE PEOPLE LIVE』(Christian Conference of Asia, 1989)/写真集『人間の住む島』阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)1982年英語版。

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 アメリカ軍が沖縄に対してやったことを記録した本、その英訳版にアメリカで出会うとは思ってもいなかった。ましてや英訳した本人と出会うとは予想もできなかったことだ。

 1997年の先進国首脳会議はアメリカ、コロラド州の州都デンバーで開催された。同じ時期に、世界のNGOは市内のコロラド州立大学でピープルズ・サミット(人々のためのサミット)を開き、日本・沖縄のパネルでは沖縄大学の佐久川政一教授が沖縄の基地の現状を報告した。
 そのパネルに参加していた老人が持っていた本の表紙の写真に、「伊江島」の漢字があった。「その本は伊江島のことを書いた本ですね。伊江島は私の祖父の出身地です。」パネルが終わって、その人に声をかけると、「あなたは沖縄の方ですか」という日本語と満面の笑みが返ってきた。
 その本は、阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さん達の伊江島土地闘争を記録した写真集『人間の住む島』(1982年)の英語版『THE ISLAND WHERE PEOPLE LIVE』(Christian Conference of Asia, 1989)だった。そのおじいさんは、ハロルド・リカードさん。この本を英訳した人だ。
 日本語版『人間の住む島』の冒頭には、「これは、1945年6月23日、沖縄敗戦による米軍の占領下、伊江島における極東最大の射爆演習地建設に対し、土地を奪われた伊江島住民が抵抗していった1955年〜1966年までの農民自らの手によって撮影された記録である」とある。1955年5月18日のキャプションが入った写真にはリカードさんとその仲間が、伊江島で阿波根さんたちと話し合っている様子が写っている。

 「沖縄はボロボロに破壊尽くされていました。でも、沖縄の人々の笑顔と海の青さはあの頃も今もかわりません。」
 リカードさんは、その後16年間沖縄に滞在し、沖縄の様々な問題に沖縄の人達とともに取り組んだ。その後の岡山・秋田での滞在をあわせて31年間日本に滞在し、引退後もアメリカで沖縄のことをアメリカの人々に伝える活動を続けている。
 「アメリカ人の多くは私の言葉にあまり耳を貸そうとしてくれません。でも、中にはアメリカ軍がやっていることはおかしい、と言ってくる人もいます。」

 私は、リカードさんのお宅で、彼が写した1950年代の沖縄のスライドや写真を見せてもらった。そこには、本当に、ボロボロに破壊尽くされた沖縄と人々の笑顔と海の青さとがあった。リカードさんが写したこれらのスライドや写真は、アメリカの人々に沖縄のことを紹介する活動の中で生かされている。しかし、リカードさんの写真をひとつにまとめたもの、彼の沖縄へ対する思いを綴ったものはまだない。
 最近、「リカードさんのスライドをいかす会(代表佐久川政一)」を発足させた。リカードさんの写したスライドを整理すると同時に、広く一般の人々に紹介することを目的に活動する。痛んだスライドを修正したり、整理してCD-ROMに保存することを考えている。また、インターネット上にリカードさんのホームページを開くことも計画中だ。リカードさんが記録してくれた1950年代の沖縄を紹介することで、同様な写真を持っている人たちからの情報が集まることも期待している。

 伊江島の土地闘争の記録を外国にも伝えるために英訳を手がけたリカードさん。自分の撮ったスライドを使ってアメリカの人々に沖縄の現状を今も伝えることをしているリカードさん。私は、そのリカードさんのことを伝えたい。それは『THE ISLAND WHERE PEOPLE LIVE』をデンバーで見た日からはじまった。

(琉球新報1999.4.25)

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